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イ・スンジュン監督 インタビュー

Q:本作を拝見して、いわゆるジャーナルな事実を描いたドキュメンタリーというよりは、詩的な印象でロマンチックな作品だと思いました。この映画を撮ることになったきっかけは?

  • スンジュン:2008年にテレビの科学ドキュメンタリーを撮る仕事がありました。ちょっと変わったテーマの仕事だったのですが、人の手や指に関する科学ドキュメンタリーだったんです。そのときに色々とリサーチをしている中で、ヨンチャンとスンホ夫妻が「指点字」をしていることが過去にニュースに取り上げられていることを知りました。2006年に日本で開かれた聴覚障害者大会のことが話題になっていたのです。そこで2008年の冬におふたりにお会いして、最初は2日間だけ撮影をさせてもらいました。それで、夫妻の存在に感銘を受け、これはぜひ作品にしたいと思い、ドキュメンタリーの企画を立てたんです。韓国人はヘレンケラーについてはよく知っていますが、夫妻のことはまだそこまで多くの人が詳しく知りませんでした。だから撮ってみたかったんです。次に夫妻にお会いしたときは、とても多くのことをお話しました。会えば会うほど、非常に人間的な温かい気持ちになり、単なる視聴覚障害を扱った作品とは違うものになるだろうと思いました。
  • director3.jpgイ・スンジュン監督

Q:本作にはナレーションがありません。こうしたスタイルは狙っていたものですか?

  • スンジュン:ナレーションというものがあまり好きではないんです。特に映画には向かない手法だと思います。あくまでTVドキュメンタリー的なスタイルとしてはナレーションは向いていると思いますが、より映画的なアプローチとしてこのスタイルを選びました。

Q:本作を見ていると、いわゆる障害を持つことの困難さをアピールするのではなく、「幸せとは何か」を考えさせられます。これは予め考えてとられていましたか?

  • スンジュン:もし、障害がどういうものかということだけにフォーカスが当たっていたら、こういう作品にはなっていないでしょうね。やはりヨンチャンさんがああいうキャラクターで、色々な夢を持っていたり、スンホさんがそれに対してリアクションするところが面白いんです。

Q:人は社会的な動物といわれており、誰かのために何かをするときにこそ、ほんとうの喜びを感じるといいます。それが現代社会では高度に発達した資本主義によって見えにくくなっていると思います。この作品では、お互いにかけがえのない存在として必要としあっている夫妻の姿を通して、それがとても視覚化されているなと感じました。

  • スンジュン:撮影している中で、夫妻が「寂しさを共有」しているなと感じることが度々ありました。それは現代社会で生きている私たちが忘れがちになることで、とても羨ましいと感じました。

Q:オランダのアムステルダム国際ドキュメンタリー映画祭は、優れたドキュメンタリー映画を多く上映することで有名な映画祭ですが、そこでアジア人としては初めてとなる最高賞を受賞しました。そのときの気持ちは? また、なぜ高い評価を受けたのだとおもいますか?

  • スンジュン:受賞はとても嬉しかったです。中学や高校時代から知っていて、将来はぜひ自分もと思っていた映画祭でしたから、まるで夢のようでしたし、作品をすごく褒められたことが恥ずかしくもあり、刺激にもなりました。逆に、今後作品を作る上ではとてもプレッシャーを感じています(笑)。

Q:次回作の構想がありましたら、教えてください。

  • スンジュン:ヨンチャンさんの紹介であった盲ろうの女の子を撮っています。産まれてすぐに目も耳も聞こえなくなってしまった子です。今、18歳なのですが、彼女がどうやって両親とコミュニケーションをとっているのかということに興味があり、彼女の家族をベースとして広く母と娘の関係を描きたいと思っています。私は「共感」とはどういうことなのか?ということに興味があります。ある考えを誰かと共有するとはどういうことなのか、それを考えさせるような作品を作っていきたいんです。

監督プロフィール:
イ・スンジュン 1971年生まれ。ソウル大学 東洋史学科を卒業後、1999年からドキュメンタリー作業を開始、これまで放送ドキュメンタリーと独立ドキュメンタリーを制作した。2007年、KBSの水曜企画「野花のように、二人の女の物語」で韓国放送PD大賞 独立制作部門で大賞を受賞した。現在、フリーランサーのPDとして活動中である。『渚のふたり』は3本目の長編ドキュメンタリーである。

フィルモグラフィー:
●『野花のように、二人の女の物』(2008年)韓国PD大賞 独立部門大賞受賞、韓国独立PD賞 最優秀賞受賞。
●『神の子供たち』(2009年)全州国際映画祭 Netpac賞、ソウル国際青少年映画祭 観客審査団賞、韓中日PDフォーラム競争部門 最優秀賞、アメリカ Telly Awards 撮影賞受賞。
●『渚のふたり』(2010年)アムステルダム国際ドキュメンタリー映画祭 最優秀長編ドキュメンタリー賞受賞、EBS国際ドキュメンタリー映画祭 観客賞及びユニセフ賞の2部門受賞 !

ヨンチャン・スンホ夫妻 インタビュー

Q:最初に監督からオファーを受けたとき、どう思いましたか?

  • スンホ:どうしよう?と慌てましたね。私たちは健常者の方からは特別に見られると思いましたので、自分たち夫婦のプライベートを一度さらけ出したら、それは一生続く事になると思いました。監督がどんな人かもまだ深く知りませんでしたし、その時はお断りしたんです。
  • ヨンチャン:僕も慌てました。スンホと全く同じことを考えました。しかも当時は人と接することがほとんどなかったし、カメラで撮影されるなんて、きちんと自分が対応できるのかという心配があったんです。でも、一方で、もっと大勢の人とコミュニケーションしたいな、という気持ちもありました。だから、監督と会うごとに彼を信頼できるようになって、前向きに考えてみようと思ったんです。
  • スンホ:そう。でも、それからまた何度も何度もお断りしていたんです。でも、スンジュン監督は諦めずに何度もやってきて、私たちの話を聞いてくれた。監督が私たちを撮るために仲良くなりたいんだ、という気持ちが伝わってきてから、彼を人間として信頼できるようになったんです。

Q:映画はもうご覧になりましたか?

  • スンホ:初めて見たとき、スクリーンに映された自分の姿が恥ずかしかった。ドキドキしました。でも、映画を見て行くうちに、自分たちが生活している姿をこうして客観的に見る事ができて良かったなと思うようになりました。それで映画が終わった時、監督に「ありがとう」と伝えました。
  • ヨンチャン:僕も監督からバリアフリー版のテキストをもらって、映画の中身はよく知っています。試写会にも何度か行きました。映画を見た方と接してみて、みんな興味をもってくれたのが嬉しかったです。自分が出ている姿を自分では見られないので、人から感想を聞いただけですけれども。そういう反応を受けて自分も上映後のQ&Aなどでは、普段話さないようなことまで素直になってお話することができました。yonsun.jpgヨンチャン・スンホ夫妻

Q:映画に出てみて、以前と変わったことはありますか? 周りの反応や、おふたり自身の中での変化は?

  • スンホ:私は彼が障害のせいで、とっても寂しい思いをしているだろうなと思っていたんです。目も耳も使えないわけですから、ほんとうに孤独だと思います。当時、彼は学校にも行っていなかったんです。本が好きなので自分の中に「言葉」はたくさん溜まっていますが、それを出せないのがとても寂しいだろうなと思いました。だから、こうして注目を浴びることで、彼が外交的になればいいなと思いました。実際、彼は明るくなりましたね。すごく変わったと思います。たくさんの上映会があり、色々な人に出会って、「勇気をもらいました」「感動しました」というポジティブな反応を受ける中で、彼も勇気が持てるようになったのではないでしょうか。今は大学に通って神学を勉強していますしね。周囲からの視線も変わったように思います。ただ、社会的には同じような症状を持っている人がたくさんいます。彼のような人がいるということを世に知らせることで、同じような障害を持つ人の状況が改善されるチャンスが増えれば良いなとも思いました。
  • ヨンチャン:メディアに出ることは本当はイヤでした。今でもどちらかといえば苦手です。ただ、それでも最後に「映画に出る」という決意をしたとき、改めて自分が他人とのコミュニケーションに飢えていたんだなと思いました。実際に、たくさんの人との出会いがあって友人ができ、自信や未来への希望が持てるようになったんです。

Q:今後の予定や目標などを教えてください。

  • ヨンチャン:子どもの頃はサッカー選手になりたいという夢がありました。今は、アメリカにあるヘレンケラー・センター(リハビリ施設)のようなことが韓国でやれれば良いなと思っています。子どもの頃から今まで友達を作るのが下手で、気の合う男性の友人が欲しいです。友情を育めるような友達が。あとは本も書いてみたいですね。
  • スンホ:ヨンチャンはまるで青年のように、やりたいことを次々に思いつく。私は、ただそれを応援してあげたいんです。それが自分にとっても刺激になるし、夢でもあるんです。いま彼は神学を学んでいるので、私も当面はそれを応援したい。あとは、やっぱり健康が一番大事。彼が良い友人を作れるように、家も誰もが気軽に遊びに来れるようにオープニンにしておきたいです。